温泉−やすらぎとたたかい−

「あーっ!もうっ!最悪っ」
 密林の中、エミルの怒声が響く。
 混沌の謎を探るという新たな目標で旅を続ける4人。
 時雨海とエミル、そして元四凱将のピストに、コモディーンの新メカニックのミドの4人はうっそうと茂るジャングルの中を歩いていた。
 そんな中、エミルが突然大声で叫んだのだ。
「どうしたんだよ、いきなり」
「どうもこうもないわよ!ここんところず〜っと、こんなジャングルの中歩きっぱなしでさ。しかも敵はわんさか出てくるじゃない!ストレスと戦いで髪の毛もボサボサだし、汗かくからお肌はベトベト。叫ばなくちゃやってらんないよ〜!」
 理由が理由だから笑うしかない。
 しかし、エミルの言うことにも一理ある。
 海は異界に来てから満足に体を洗っていない。
 風呂に入れないのは覚悟していたが、ここまで長期間になると海もさすがに風呂が恋しくなる。
 湖や川があるときは水浴びでしのいでいたのだが、やはり風呂が一番いい。
 ミドも赤毛のポニーテールを弄びながらその意見に同意する。
「そうだね、私もお風呂にでも入りたいな」
「だよね!でも、こんなジャングルじゃね〜」
 女同士で気が合う2人は意見のまとまりも早い。
「人間とは不便な生き物ですなぁ」
 人ごとのようにピストが言い放つ。
 それに反論したのは女性の2人組だった。
「何いってんのよ!お風呂に入れないことがどれだけ女の子にとって苦痛か分かる!?」
「あなたはいいでしょうけど、私たちはちゃんとした細胞からできてるの!水人間がいい加減なこと言わないでよね!」
 女とは強いもので、さすがのピストも黙ってしまった。
 海も間にはいることができないほどの見幕だ。
 ピストは見た目こそ人間に見えるものの、体を構成しているのは液体だ。
 人間の姿をしている方が何かと便利であるから今はそうしているらしい。
 だが、実は20年も消えていたので元の姿を忘れてしまったというだけなのだが。
 まあ、そんなことはさておいて・・・
 険悪なムードのままジャングル歩く一行。
 気まずい雰囲気が海の心に重くのし掛かる。
(どうしていつもこうなっちゃうかなぁ・・・)
 一番最年少の自分が一番気を遣っている。
 海から見て他のみんなは大人げないと思う。
 実際は、海もあまり変わらないところがあるのだが自覚していない。
 と、まあそんなこんなでさらにジャングルの奥へと進む。
 その時、一行の元にある独特な匂いが漂ってきた。
「ねぇ・・・この匂いって・・・」
「まさと、思うけど・・・」
 小走りに匂いの元へと駆け寄る。
「やっぱり!」
 一行の前に現れたのはなんと温泉だった。
 独特の匂いとは硫黄の匂いのことだ。
 しかも2つもある
 天然のジャングル風呂。
 すぐさまエミルが皆に提案した。
「せっかくだからさ!ちょっと寄っていかない?こんなチャンス二度と無いよ」
 疑問形で聞いてくるが言外に否定を許していない。
 ミドは大賛成。
 男2人は素直に従うほか無かった。
「なんかうますぎるよな・・・・」
 海はエミルに聞こえないようにぼやいた。


「あ〜っ!やっぱいいわぁ」
 温泉に浸かりながら感嘆の声をあげるエミル。
「本当ねぇ。コモディーンのお風呂なんか男ばっかりだから、ミィレスさんも私も困っていたのよ」
「へぇ〜っ」
「なにかと苦労するのよね。修行生活も」
 エミルは延々とミドの愚痴を聞くはめになった。

「お湯に浸かって何かいいことでもあるんですか?」
 ピストが不思議そうに海に訪ねる。
 ピストは全文にもあるように体が液体でできている。
 だから風呂に入る必要がないらしい。
 生まれてこの方、風呂というものに入ったことが無いという。
「う〜ん・・・人間は自分が不潔なのを嫌がるから・・・後は気分の問題なんじゃないかなぁ」
 曖昧にしか答えることができない。
 深く考えるのは元々苦手というか嫌いなのでしないようにしている。
「ほっほう・・・人間というのは複雑なんですなぁ」
 ピストがふむふむと頷いている。
 
 穏やかな時間が流れていた。
 穏やかすぎて誰もこのうますぎる展開を怪しむ者はいなかった。
 ここが真四凱将の1人、キラスの支配区域とも知らずにくつろぐ4人。
 そこに魔の手か忍び寄っていた。

 最初に異変に気が付いたのはピストだ。
 不穏な空気を察したのか服を掛けてある大木の元から水圧銃を持ってくる。
「どうした?なんか来たのか?」
 ピストの様子に海も、辺りを見回す。
 なんら変哲のない密林。
 だが今はその密林から何か飛び出してもおかしくない状況だ。
 ここは異界だ。
 こちらに来てから、それを嫌というほど体験している。
「そろそろのぼせないうちにあがっとくか・・・」
 温泉からあがり、服を着ていつでも戦える準備をする。
 女湯の方でも何かを感じたらしくすでに2人ともが温泉から出ていた。
「なんかいるよね」
「そっちも?」
 お互いが気のせいということは、まずないだろう。
 その時、全員の背中を殺気が通った。
 バッと背後を振り向く4人。
 そこには密林と同じ緑で全身を包んだ魔爪士が立っていた。
「気楽なものだな。温泉で一休みとは・・・」
 なにか意味深な言葉を放つ魔爪士。
 エミルはハッとした。
 その言葉の持つ真意に気づいたからだ。
「・・・もしかして自分が休みなしで働いてるのにお前らは、とか言いたい?」
「・・・・・・」
 どうやら核心を突いてしまったらしい。
 魔爪士の殺気が更に増す。
 にらみつける瞳は珍しく感情が宿っているように見えた。
『封印解除!』
 魔爪士の言葉と共に魔爪のオメガの力が増幅されていく。
 エネルギーと比例して魔爪も大きく変化する。
「いきなり大技!?」
 ピストが水流を放つがリキッドがそれを阻む。
 エミルの魔法や海の波動拳、ミドの機械による攻撃もまた然り。
 魔爪士は碧のリキッドを取り出し空中へ投げる。
−堕落した心を持ちし者達に碧の水の裁きを与えよ−
『嵩碧のグラッパ!』
 リキッドの水晶をたたき割り斬撃獣を召喚する。
 心なしかいつもより強力な感じだ。
「うわぁ・・・いつになく早いね」
「悠長なこと言ってる場合じゃないみたい・・・うわっ」
 斬撃獣の一撃が容赦なく振り下ろされる。
 為す術もない4人。
 そう、斬撃獣を止められるのはただ1人だけ。
 魔爪士とよく似た戦士。
 青い「海」と呼ばれる魔拳士だ。
 しかし、彼は神出鬼没でいつ現れるか分からない。
「『海』が来るまでなんとか持ちこたえなくっちゃ!」
 息切れ切れで呟くエミル。
(さっきお風呂に入ったばかりなのに〜)
 そんなことを考えている場合ではないのだが。
「だめだ!まとまっていてはすぐに狙われてしまう!一度バラバラに逃げよう」
 ピストの提案に納得し、四方に分かれる4人。
 魔爪士は斬撃獣の動きを制止して告げた。
「どうした!『海』は何処だ!お前達と一緒にいるはずだ!」
 今回もやはり「海」が目的だったらしい。
 だが、魔爪士の目に飛び込んできたのは温泉でくつろぐ敵。
 「海」のことを本気で忘れかけていた。
 思い出すと、さらに怒りがこみ上げてくる。
「『星』・・・」
 その声に反応しすぐさま背後を見る魔爪士。
 後ろにはすでに封印を解いた魔拳を装備した「海」がこちらを見ていた。
「まったく・・・昔からそうだったな」
 懐かしんでいるような言動に魔爪士は反論する。
「なんだとっ!?お前になど言われたくない!」
 このままではらちがあかないとでも言うように青リキッドを取り出す「海」。
 魔爪士もさっき召喚した斬撃獣に攻撃の構えを取らせる。
−負の心に魅入られし者よ、蒼き水の流れに消えよ−
『蒼浄のシードル!』
 裂掌獣と斬撃獣がぶつかり合い、その衝撃はジャングルを揺るがした。
「『海』!」
 裂掌獣の姿を見てほっと胸をなで下ろすエミル。
 ここからは見えないがピストもミドも気づいていることだろう。
 斬撃獣と裂掌獣の力は互角で互いに譲ろうとしない。
 しかし、相対する力が同じ時の結果は至極簡単。
 火と水が互いに打ち消し合うように青と緑のリキッドも互いの力を打ち消す。
 5分も経たないうちに2体の召喚獣は消えた。
 「海」と魔爪士も共に。
 静かになってから4人は集合した。
「よかったね〜。なんとか助かったし」
「そうね・・・でも今の戦いでまた汚れちゃったわよ」
 斬撃獣の攻撃で噴煙が巻きあがり、それにのまれた一同は砂だらけになっていた。
 しかも風呂上がりの乾ききっていない髪の毛だからなおさら砂が付く。
「大丈夫よ。また温泉に入ればいいんだから」
 またですか!?と言いたそうなピスト。
 しかしピストの心配はすぐさま無用の長物となった。
 この現状を見れば誰でもそう気が付くのだが・・・
「・・・入れるのか?」
 海の言葉に、へ?と温泉のある方を見る。
 エミルの顔が凍った。
 温泉は木っ端みじん。
 さっきの戦いでなにもかもがつぶれてしまったのだ。
 むなしい空気が4人の間を吹き抜けていった。

END


いかがなものでしょうか。お気に召していただけましたか?
魔爪士がギャグ・・・になっちゃっている気がします。本編では多分、
第4章の間くらいの話になる予定ですね。